Quantcast
Channel: ドラゴンの抽斗 ブラック企業アナリスト新田龍が語る「はたらく」「しごと」「よのなか」
Viewing all articles
Browse latest Browse all 296

遅咲きエピソード

$
0
0

やなせたかし氏の訃報にあたり、心より追悼の意を表させて頂く。

氏は日本漫画界の最長老であったが、遅咲きの作家でもあった。
サラリーマンを辞め、34歳で漫画家となったもののなかなか芽が
出ず、最初に「あんぱんまん」の絵本を出版したのは53歳のとき。
そしてキャラクターの人気が出始め、TVアニメ化されたときには、
氏は69歳になっていた。

実は(というほどの告白でもないが…)、私はこんな
「遅咲きエピソード」が好きである。

ご存じの方はご存じのとおり、私は長らく「ダメ社員」であった。
周囲には「デキるビジネスパーソン」が大勢いて、彼らは成果を
出し、キャリアアップ転職やら独立起業を果たしていった。

情けないことだが、私はデキる彼らと引き比べて、自らを惨めに
感じていたこともあったのだ。

そんなとき、カーネル・サンダース氏の経歴に触れる機会があった。
彼が「ケンタッキーフライドチキン」のフランチャイズビジネスを
開始したのは62歳のとき。それまで40種もの職を転々としており、
30代後半にガソリンスタンドを経営したものの倒産するなど、
多くの波瀾を経験していたことを知った。

私はこのエピソードに
「なにも、早く成功することが貴いわけではない」
と勇気づけられ、他人のモノサシではない「自分自身の人生」を、
「自分なりの時間軸」で、焦ることなく生きようと決意した。

おかげで今は「本当にやりたいこと」かつ「経験を活かして貢献
できること」を生業にできており、やりがいを感じて日々ハッピー
に過ごせている。

せっかくなので、その他の「遅咲きエピソード」を紹介しておきたい。

・日清食品の創業者、安藤百福が世界初の即席めん
 「チキンラーメン」を発明したのは48歳のとき。
 直近まで、懇願されて理事長を務めていた信用組合が倒産し、
 負債弁済のため個人資産をすべて失った状態だった

・マクドナルドをフランチャイズ展開し、世界最大のファストフード
 チェーンに育て上げたレイ・クロックが最初にマクドナルドを
 開いたのは52歳のとき。
 直近までは業務用ミキサーのセールスマンだった

・伊能忠敬が、全国各地を測量し始めたのは56歳のとき。
 最初は私費で開始したが、その測量技術が極めて高度なもの
 であったことで幕府からの支援が増強され、国家的事業に
 育っていった。最後の測量が行われたとき、忠敬は72歳に
 なっていた

・「からくり儀右衛門」と呼ばれた発明家、田中久重が
 明治新政府の要請を受けて東京に移り、電信機メーカー
 「田中製造所」を設立したのは75歳のとき。
 田中製造所は芝浦製作所となり、現在の東芝の基礎となった

Viewing all articles
Browse latest Browse all 296

Trending Articles